いなくなってみて分かる「親のありがたみ」

親はいなくなってからありがたみが分かる
なんて言いますよね。

それって別に親に限らず側にいる大切な人たち。
いつもあたりまえと思っているからこそ
いなくなって初めてその大切さが分かる
と言うもの。

人に限らずものや場所だったりもします。

子どもから見た自分
つまり自分も「親」ですよね。

いつも苦労かけさせられて
いろんなことが大変で
思春期だと反抗も面倒だし
イチイチ機嫌が悪かったりして
こっちも疲れる…

親に甘えてワガママ言ってるんだな
と、分かっていても

こっちも日々のことで疲れていて
それを受け止める余裕が無い時もある。

こっちも万能じゃないんだから
もうちょっと労わってほしいものよ〜。

なんて思うこともしばしばありますが

先日ある人と話していて
そうか!
と、思ったことがあるんです。

それは
子どもだって
親(自分)のありがたみは
私(親)が死ななきゃ分からないんだ!

ってことですよ(⌒-⌒; )

なので
まだしばらくは私は死なないはずだから
私のありがたみなんて分からなくても
まあ仕方ないよね!

と、思ったのですよ。

私が元気で家族のことを
いつもと同じように回していたら

それがあたりまえだから
ありがたいなんて
分からないんですよ。

私はまだまだ元気でいるつもりだし
まあそんなの分かんなくてもいいかな!
と、思ったのです。

これって逆の立場でも言えて

夫もあたりまえのように元気で働いてくれて
なんなら家のこともやってくれて
子どもは元気に学校行ってたら

それがあたりまえなんですって。

子どもが学校行かなくなって初めて
毎日出かけてることが
ありがたいって分かりましたしね。

なので
労わってもらえなくて悲しいけど
ふつうに元気だから仕方ないか。

それから

自分から「あたりまえをありがとうに」
していけたらいいな!

なんて思いました。

色々ムカっとすることもあるけれど
家族を見守れるあたりまえを
ありがたく過ごそうと思います。

でもちょっとは
母のありがたみを知ってほしいし
ひとりで一泊出かけるのも
良いかもしれないわ。
と、思っているところです(^^)

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